零細米粉研究員の備忘録

米粉に関することなどをたまに書いていきます

食料自給率はテストの点数のようなもの

日本のカロリーベースでの食料自給率は40%を切っており、主要先進国の中では最低の数字となっている。

食料自給率の値の低さが問題となっていたり、食料自給率という考え方の妥当性についてあれこれ議論があるようだが、自分としては、そんなにこの数字にこだわらなくてもいいんじゃないかと思っている。

この数字は日本の農業や食糧の状況を表す一つの指標であるが、この数字だけで言えることは限られるというのが自分の考えである。

 

自分は以前から、食料自給率はテストの点数のようなものだと考えている。

テストの点数は学力を反映させる一つの指標であるように、食料自給率は食料生産や消費に関わる指標の一つに過ぎず、この数字が絶対のものとは思わない。

次の質問に答えてほしい。

テストで何点とれば十分な学力があると言えるだろうか?また、大学受験で合格するためには、高校での中間試験や期末試験を何点とればいいのだろうか?

これは正確には答えられない問いであろう。

テストの点は高いに超したことはない。しかし、テストのレベルによって点の取りやすさが違う。そもそも、点数の高いからといって学力も高いとは必ずしも限らない。それに、中間テストや期末テストは入学試験のテストの種類が違うのだから、これらのテストで大学受験合格の可否は分からない。

 

上に書いた問いと、食料自給率が何%あればいいかという問いとはよく似ていると思っている。

日本は食料自給率が低いから外国への依存度が高く食料の自給能力が低く、食糧危機の際に影響を受けやすいという話もある。ならば、食料自給率が何%であれば食料自給力が十分といえるのか?、食料の輸入が減ったときに食料自給率が何%であれば大丈夫であるのか?

食料自給率は調査方法によっても数値が変化するし、必ずしも自給能力を示す指標ではない。食料自給率は現時点での生産量と消費量を元に計算されているものであり、緊急時の食糧供給能力や消費量とは異なる。

食料自給率が100%であれば安心かもしれないが、現在の農業には石油などのエネルギーが必須であるので、石油の輸入が止まれば自給力が大幅に低下する。このため、100%あったとしても大丈夫とはいいきれない。逆に、現時点での食料自給率が100%でなくても適切な対策を取れば、海外からの輸入が途絶えるような緊急時においてもしばらくは食料自給ができるかもしれない。

テストが学力や受験合格の可能性を言おうとするかのように、食料自給率だけで食料危機の対応などを語ることはできないと思っている。低いよりは高い方がいいかとは思うが。

 

では、食料自給率は意味のない数字かというとそうではないと思っている。

食料自給率は、現時点での状況を表す一つの指標としては十分に機能すると思う。公的な統計を元にして比較的計算が行いやすく理解もされやすい。他の国との比較もそれなりに行いやすい指標であると思う。食料自給率には食品の廃棄率について考慮されていないという批判もあるが、各国の数値を正確に出すことは難しいだろう。金額ベースで食料自給率を出すことも有用ではあるが、価格はその時々で変化するので、正確な自給率の算出は困難であるだろうし、誤差が大きくなる可能性も高い。

基礎となる指標は誤差が少なく計算がしやすいものが優れていると思っている。これで不十分であれば、さらに加工をした指標を作成すればよい。テストで言えば、いろんなタイプの試験を受けてみたり、偏差値などの指標で実力を見るようなものであろう。

 

テストの点数でその人の学力は分からないように、ましてや人間としての優秀さなどは分からない。食料自給率にしても同様だと思う。自給率の数値だけで食料の自給力は分からないし、農業政策の善し悪しもはかれないだろう。

もし学力を正確に知りたいと思うのであれば、多くの種類の試験を行ったり、点数化されない学力を知る方法を導入すべきである。入学試験に対応するのであれば、その大学入試の傾向と対策をつかんで、必要な学習を日々行うべきであろう。

それと同じように、食料自給力を計りたいのであれば、食料、農業を表す様々な指標を作成し総合的に判断する必要がある。また、食料輸入が限られる、もしくは輸入が途絶えることが考えられるなら、どのように対策すべきかを様々な側面から調べて準備を行うべきである。そのために食料自給率は上げておかないといけないということになるかもしれないが、数値を上げればそれでいいわけでもなく、低ければそれで全てがダメになるわけでもないと思っている。

 

重要なのは指標そのものではなく、指標により現状の把握を把握すること、そして将来の可能性の推定、そして予想される困難な事態への対策であろうと思う。